Diary of a Madman

癲狂院に置かれた或る一冊のノートブック
狂気の記憶が焼き付いた、深淵なる倒錯の記録の数々。
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谷崎潤一郎

谷崎潤一郎「刺青・秘密」

  先日読み終えたドラキュラよりも前に読み終えていたのですが、谷崎潤一郎の作品にも嵌まりそうです。

 買う前までは、名前くらいしか知らず、何と言うか....敷居が高そうな気がして敬遠していました。自分には純文学のおもしろさが分からないのではないかと思う事がよくあって、それでも日本人として或る程度たしなんでおかないといけないとも感じているので、少しずつ手を伸ばしています。

 とりあえず代表作の中から選んで、タイトルで惹かれてこれを読んでみたのですが........これは.........嵌まるかも!

 「刺青(しせい)」は、ほんの20ページくらいしかない、とても短い作品なのですが、その中身がとても凝縮されたかの様な濃さなのです。

 簡単に言えば話の内容は、刺青を入れる際に悶える姿に快感を得ると言う刺青師が、自分の作品(刺青)が似合う女を探し続けてようやく見つけた吉原の遊女に半ば強引に入れるのですが、その遊女はその入れられた刺青によって本来の素性を覚醒し、それまでの刺青師との立場が逆転してしまい.....話の終わりに「…お前さんは真先に私の肥やしになったんだねえ」.....と女は言い放ち、男は「帰る前にもう一遍、その刺青を見せてくれ」と言い返すところを察するに、刺青師はその遊女の姿を前にして堕ちていったのでしょう。

 アマゾンのレビューや巻末の解説を見ると、サディズムとマゾヒズムの対照を描いているようなのですが、個人的には、この女は、いわゆるファムファタル的な存在のように思えました。


 そんな「刺青」の他に収録されている作品を読むと、どれも女が関わっている内容です。
gooの辞書で調べたら.......あぁなるほどやっぱりそういう作風なのですね....。

たにざき-じゅんいちろう ―じゆんいちらう 【谷崎潤一郎】
(1886-1965) 小説家。東京生まれ。東大中退。第二次「新思潮」同人。美や性に溺れる官能世界を描く唯美的な作家として文壇に登場。関西移住後、古典的日本的美意識を深め数々の名作を生んだ。代表作「刺青」「痴人の愛」「蓼喰ふ虫」「春琴抄」「細雪」「鍵」、現代語訳「源氏物語」など。
 
.....この「刺青・秘密」に「異端者の悲しみ」という、ほぼ事実に近いらしい自叙伝が収録されているのですが、その話の中では、友人から借りたお金でさえも遊びのために使い果たしてしまう程、遊蕩し放題です。(しかも貸してくれた友人は返してもらえないまま病気で急死してしまうし.....ひどい) おまけに少々マゾ気質があったようですし(巻末の注釈に記述してあるし、作品内でも書いてあるところからたぶんそうなのでしょう....)、その辺りを踏まえると何となくそういう作風になるのもうなずけます。

 「少年」という作品なんかは......ほとんどSMの女王様とその奴隷状態.........。おまけにスカトロぽいし。まあ、子供同士なので多少微笑ましい部分もあるのですが、「刺青」の様に、途中から立場が逆転して行為がエスカレートしていくのを読んでいくとちょっと鬱です。

 そんななか最後に収録されている、夢オチで終わる「母を乞うる記」は母を慕う優しげな作品で、しっかり終わりを締めている作品の選び方/並べ方も、この本は良く出て来ていると思います。

 それと........意外だったのがカバーデザイン。誰が手掛けていると思います? なんと加山又造なんですよ! 惜しくも亡くなられてしまいましたが、日本画家の巨匠でしたね。思えば、谷崎潤一郎と重なる作風がありますね.........。日本画といえば日本の自然の美を表現したものを思い浮かべますが、加山又造はもちろんそれらがメインだったでしょうが、意外な作品を以前、東京国立近代美術館で見た事があります。黒薔薇と白薔薇模様のレースを1枚羽織っただけの女性のヌード画です。2枚で1対になっているもので、大きさはよく憶えていないですが、等身大に近い大きさでした。......ヌードっていっても.......その.......ヘア付きなんです。えぇ?日本画で???.....って感じですが、事実です。でもまあそんなことはどうでも良い程、純粋に流麗で華やかさの或る絵でした。

 そう.........そんな作風でありながら谷崎潤一郎の文章表現も素晴らしいのです。2、3行に渡る長い文章が多いのが特徴だそうですが、そんなつらつらと流れる様な文章の中に、先ほどのgooの辞書に書かれてあった「古典的日本的美意識」が溢れています。

 源氏物語の現代語訳も有名だそうですが、もし源氏物語を読むとするならば、個人的には谷崎潤一郎のを読んでみたいです。以前、漫画家の江川達也のを買って読んだ事があるのですが(こちらは当然マンガ)、確かに内容に忠実に沿って描かれているのでしょうが、とにかくストレート過ぎると言うか.....悪く言うと下品過ぎて美麗な雰囲気が感じられずがっかりしてそれ以降買っていません。谷崎潤一郎が手掛けた源氏物語ならば、自分には読める気がします。

 巻末の解説で、「糜爛(びらん)の極致に達したデカダンスの芸術の好適例....」と永井荷風が絶賛したと書かれています。.........そうに違いありません。しかしまあ、いろいろ本を読みあさっていくうちに自然にゴシックやらデカダンスの辿りつくべき場所に辿り着いている事が、不思議な気がしてなりません。


 それと、なんかタイミングが良い事に、近々、「刺青」が映画化されるのだとか。
http://news.goo.ne.jp/news/sanspo/geino/20060120/120060120029.html
でも早速こんな批評が.....。
http://www.eiga-kawaraban.com/06/06011103.html


 書いていたら.....モローの刺青のサロメの絵が浮かんでしまいました.......。
躍るサロメ(通称:刺青のサロメ)

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はじめまして。
ファム・ファタルの検索でこちらに偶然訪れたのですが、まだゆっくりと拝見させて頂いていなくて。後でゆっくりと・・・・TBなぞもお願いするかもしれませんが。
谷崎の刺青はまだ手にしていないのですが、彼の作品は好きで、時間があればまだまだ読みたいものが沢山あります。
映画のお話。モノクロの時代に既に卍や蓼食う虫も確か映画化されているはず。無論、痴人の愛に関しては、幾度かと映画化されております。
彼のマゾヒスティックな点については、正直私は、そうであったと思います・・。実生活までは「?」ですが、奔放な生活を送っていたことは確かかと。同じ文壇界の佐藤春夫との件にしてももろもろですが。しかし、後世の作品、フウデン(漢字変換面倒なので・・)老人日記の下りなど、書きませんが、極みとも思えるところもあります。
ご存知でしたら、馬の耳になんとかですが、谷崎は痴人の愛を書く大正12年までは日本橋に住まい、段々と入ってくる西洋志向にカブレそうでカブレない。その後関西へ移り住み、作風が初期の刺青に戻る様に日本の美を描くように変わるのですが、大正12年は関東大震災の時だったでしょうか。しかし、彼の中でその西洋志向というか、西洋嗜好は強かった様で「白」がどうも禁忌の色と感じるように・・・と。
長々すみません。
少々私も思い入れがありまして。
これから、モローのサロメを見ようかと思います。

投稿者 pecado : 2006年02月24日 17:34


 pecadoさん、コメントありがとうございます。最近、スパムのコメントが多くてウンザリしているので、こんなに有り難いコメントが頂けてうれしいです。

 pecadoさん.....谷崎の作品をいろいろと読まれている様で、まだあまり作品に触れていない自分が「谷崎潤一郎」なんてタイトルで書いてしまってなんだか恐縮してしまいますね.....。

 谷崎の作品は、それ自体の芸術的な面でももちろんなのですが、無粋な自分にとって、描かれる女性や愛の形にうならせられます。

 おっしゃる通り、震災後関西へ移り住んだのは、それまで見る事が出来た日本的な美が、震災後の東京では感じる事が出来なくなったからだとかそうですね。

 白.....、確か「陰翳礼讃」で、西洋と日本の光(の色)の違いを色々と書いている様ですね。いわゆるエッセイのようなものらしいのですが、気になっています。


 せっかく検索してご覧下さったのに、ファムファタルに関してろくなものがなくて申し訳ありません。でも、モローの描くサロメ、トラキアの娘などはもちろん、オスカー・ワイルドのサロメも大好きです。

 多くの人が指摘するように、それらのサロメ像は、まさしくファムファタルを具体化したものだと思います。でも......感覚的には何となく分かるのですが、実際に言葉で説明するとなると.......なかなか難しくてブログでも扱いにくくて.....。

 ファムファタルを辞書で調べると、「男を破滅させる女性。妖婦。魔性の女」なんて出て来るのですが、上記の作品などから何となく違うかな....と思う事があります。何と言うか......己の確信に基づいて行動する(愛する)....そんな風に思えます。たまたま愛し方が不器用なだけで他人から見ると奇異なだけで、たまたま、その結果相手が溺れたり自滅したりしただけであって、実際は純粋なのかもしれないと....今のところはそう解釈しています。

投稿者 鼎 : 2006年02月26日 01:03


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